私の努力を”才能”という浅い言葉で片付けるのやめてもらっていいですか?

なりたい自分を腸から叶える管理栄養士 笹村望です。

今日は、久しぶりに過去の自分の経験を元に、あなたに伝えたいことがあるので記事を書いてみたよ。

自分に自信が無いことに自信がある

私は小さい頃から、今も尚

自分に自信がありません。

自分に自信が無いことに自信があります。

 

小さい頃から、興味があって始めたことは

ほとんどが途中で挫折してやめて

親からは「あんたは何やっても続かないからお金の無駄」

と言われた経験もあります。

 

それでも、やりたいことは湧き起こってくるので

取り組み始めるのですが

自分よりスゴイ方が世の中には多くて

習い事、講座を受講する場所にいればいるほど

自信を喪失して、チャレンジして失敗して笑われるのが嫌で

あれこれ理由をつけて100%の実力を出さないこともありました。

 

そうすれば、失敗したときに

「まあ、今回は時間が無かったから」

「手、ケガしてたから」

「今までパソコン触ったことないので」

とか、あれこれ言い訳ができて

自分の価値の周りに言い訳の鎧をまとうことで

自分の存在価値まで否定される・笑われることから

回避できるからです。

 

都合が悪くなったら全てを遮断する人生

でも、内心はずっと不安な気持ちでいっぱいでした。

過去の私はずっと、人と自分を比べて、自分の小ささ・出来無さに

(私なんかがやる価値は無い、諦めた方がいいかな)

って思うときもありました。

そして、途中で拗ねて投げ出す事も多かったです。

 

でも、そんなことを繰り返していたら

1つ何かを諦める毎に、1つのコミュニティと断絶することになるので

また人間関係を0からやり直すことになるのです。

 

そして、またやりたいことを見つけたコミュニティで

最初は頑張れるけど

自分に都合が悪いことが起き始めると

自分から遮断。逃げる。一切関わらない。

という、100か0の生き方を続けてきました。

 

外を歩くとき、遮断したコミュニティ関係の人と鉢合わせしませんように

って祈っていた時期もありました。(懐かしい想い出)

人より努力しないとココにはいられない

そんなことをしていたら、何も成し遂げられないので

私は、ある方法を無意識にとることになります。

それは

「人の何倍も努力したら、足並みが揃って私に存在価値が出るので逃げなくて良くない?」

というもの。

 

そこからは、1つのことをする度に

めちゃくちゃ努力しました。

 

特に、フリーランスを目指しはじめ

福岡から東京に様々なジャンルの知識を学んでいた頃、

 

昔から自信がなく、人よりも理解が遅い分

 

自分でやると決めた事は、人の何倍も努力して、

分からない事は何時間でも、何回でも練習をしたり

自分が納得するまで調べ尽くして、相談して

前回知ったことを、自分で形にしてから

毎回の集まりに参加することをしていました。

 

でも、その努力を周りからは

「のぞみちゃんは元々才能があるんだよ」

「のぞみちゃんみたいに自信つけたい」

って誤解されて、それが大きなコンプレックスにもなりました。

 

私はその言葉に心の底から憤りを感じていました。

私の努力を、”才能”という浅い言葉で片付ける周りにムカついたのです。

 

「そのセリフ、自分でやってから言ってもらって良いですか?」

「やらない理由ばっか言ってるからできないんだよ、やれよ」

 

私は、あんたが

「今日は気分じゃないから、書かない」

ってやった積み重ねで、結何も局やらなかった時間にも

 

私は血眼になってやっていた。

何回も記事が書けなくなって

自分の実力の無さに何回も絶望しながらも

そこから何度も立ち上がって

何回も何回もやってきて

その積み重ねで今があることを、あんたは知らない。

  

私が裏でどれだけくじけて、泣いて

そこから努力してきて成長して今があることを

知らないくせに

表面的な結果だけ見て、私もことを知ったような口聞くな。

私の事、何も知らないくせに。って思っていました。

 

笹村望は、人よりも努力して、やっと人並み。

それぐらいのことをやらないと、私は自分のやりたいことを許可する資格はない

 

という呪いを自分にかけていたのです。

 

私よりも、成果が出ている人、上手くいっている人は

きっと私の何百倍も努力している。

だから、私はそれ以上に頑張らないと。

と、アドレナリン100000%の毎日を送っていました。

その結果、体調を崩すことになります。

 

 

理由は簡単。

 

私の前提思考が

「何もしない私自身には価値がない」

「笹村望は何も出来ないんだから誰よりもやりなさい」

という、私そのものに価値を置いていない生き方を長年していたツケです。

 

ツケは、私の心をズタボロに折ってくれるものとして自分に返ってきます。

”頑張っても、出来なくなる”

という状態になって。 

大切な人だから勇気を出して
伝えた心からの本音

頑張っても出来ない状態が続いたとき

もう一つ、心が折れそうになることがありました。

それは、私がフリーランスになったときに

やりたいと思っていた活動内容と

似ていることを、私の近くでやっている人がいて

しかも、内容が私と比べものにならないぐらい良すぎたこと。

 

そして、その人は

私が心から大好きだと思っていた大切な仲間。

 

私より遥かにスゴイ人に対して

「●●さんがスゴすぎて、自分と比べて落ち込む」

「どうやったら●●さんみたいに私もなれるかな?」

ってめっちゃ勇気を出して

本音を言ってみたのです。

価値がないと感じる事に価値があった

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